仕事の環境が不安定で、ちょいと困っている。
自分の部屋でやっていたものが、人が来るので、すっかり座敷の手前の6畳間に移ってしまっている。これがそもそものミソ。この部屋を永遠に占拠しておくわけにはいかないのだ。
で、もう一つの不安定。メールはGmail+ブラウザチェックでWindowsを動かすサブのマシンに放り込んであるUbuntuで受けていたんだけれど、このUbuntuを入れてるマシンそのものが、最近なんだか怪しいのだった。
なんとかしようかと思っているんだけれども、じゃぁ、何処にこの大量のメールを移したものかと思いつつ、そういえば、読んだメールを即捨てちゃうアホが居たなぁと思い出して、思わず心温まってしまう。
せめて、案件単位とかできちんと保存する方向にでも修正していればとか、勝手に心配のふりをしてみるけれど、今でも整理とは不要なものを捨てることってポシリーの元に、必要なものも捨てているんだろうと思うと、なかなかどうして、それはそれで参考になる生き方ではないだろうかとも思えてみたりする。
だって、さよならだけが人生だ。
って、いや、正しい判断というのはとても大切ってことですよ。書いてある事は理解した、方法論も頭に入っていた。しかし、彼にはその知識を活かす生き方ができなかった。おお。
そういえば、Gmailの容量には、まだまだ余裕があるじゃないか。と、そんな判断(笑。