越中地下倉庫・日々の記録

日々書いたものをネット上に放出していきます。

まだ作品は残り7時間あるので、中盤にも差し掛かっていない。
ビジネス書ならもう少しましかもしれないが、とにかく酷い目にあっている。

自分が小説を読むにあたって、目に入っている文字の量からどれだけ大量の情報を得ているのかも思い知る。目で見ている方が、前後の関係などから時系列を把握できているうことも思い知った。

声優もこれで仕事をしている人なので、水準はクリアしていると認められているのだろう。
ただ、この後、7時間以上聞かねばならないものとして極めて厳しい出来なのは、ひょっとすると、声優のせいでもディレクターのせいでもないのかもしれない。
関係者の中に、朗読の持つ表現力について、まともな期待値をもっている人間がいないのだろう。莫迦みたいにぞんざいなものを聞かされている。
こんな調子ならAudileの朗読ではなく、音訳をもっと普及するのはどうだろうか。

声優はそれらしく力を入れているが、強調する場所には字面にありがちな力みが入るだけで、強弱に意味がない。そして、緩急がない。
ここまで間のテンポが同じで、強弱の意味が表面的なら、合成音声の方が含まれるちぐはぐさが徹底しているので、割り切って聞くことができる。
アナウンサーの朗読でテンポを捉えていないものを耳にすることはあるが、Youtubeなどで、ギリギリそうでもない人の朗読を聞くことがある。

聞きながら書いている今も、視点人物の語りと知覚と、思考の変転が、同じ速度で声色だけで行われている。間とテンポの操作は全く発生しない。とにかく、そこで少し間を開ければ、ここまで声色を変えなくても、楽に変化が生じるだろうし、変化の形もわかりやすくなるなどと考えてしまう。

一人で収録しているわけではないだろうから、おそらくこれは、ディレクターが要求しない、いや、兄ちゃんなんでまた、そこ力んだんや。意図はなんだ。

とりあえず、Audibleは今日から30日お試し無料だが、キャンセルして、明日本を買ってくることにする。小説も、ちょっと面白くないが、言ってみたところでエンタメ小説だ。こんなもんだろう。

たった今、これは誰が視点になって、誰の言葉なのか迷子になって数十秒経った。
朗読は実のところ、こうした切り替えをしっかり表現できると、関係者の誰も考えていないのだろう。だが、食い扶持大事。ごくろうさまです。

ディレクターはまさか、これが最初の仕事だろうか。声優の語尾の流し方のちょっとした個性、これは個性でも癖でも構わないが、この無造作さでは、ワンパターンになってしまい、表現としての隙になるという風には判断しないものだろうか。

とりあえず、半分ぐらい聞いたか。耳からはいいや。