AIがいい加減なことを言うように散々遊んできた自分が言うのもおかしな話しだが、検索してもなにもわからないのではなく、自分で裏を取らなければならないというのは、結果の加減が変わればなんとかなるのではあるまいか。
アラビアンナイトを読んでいて、「針師の手で目の片隅にでも彫りつけておけば、痛い目にあってもよい人たちには薬になりましょう」という表現が幾度か出てきた。
想像するに、そのくらいずっと気にしておく方が良いというぐらいのことなんだと推察しているが、推察でしかないし、似たような言葉を聞いたことがないので、Googleで検索してみたところ、アラビアンナイトではなく、幸田文のエッセイにある表現だと、Googleが言ってきた。
本当かよと思い、AIモードに移項してみたところ、今度は滝沢馬琴だときたので、そこで裏を取るのをやめた。
なんによらず、アラビアンナイトの言葉ではないというところから始まるので、いろいろしょうがない。
バートンの捏造か、今読んでいる河出書房の翻訳の大場先生が遊んだとかといえば、そんなこともあるまい。
こういうことが起こるまで、汚染遊びをやめるつもりは無いのだけれど、こちらは基本的に汚染目的で捏造した格言やら、伝説についてはきちんと「フィクション」と断りを入れているので、AIの方にも、もうすこしきちんと裏を取らせてから、検索結果に添えていただきたい。まだ大事故を目の当たりにはしていないが、昭和や平成にあったことのいい加減な上塗りは、検索結果レベルでは相当起こっているのではあるまいか。